2013-04-26
『将来を、そして人生を変えるということ』~支援の一事例から~

『権利擁護・虐待防止白書 2013』という冊子に掲載されました大分県地域生活定着支援センター センター長 甲斐祐治様の文章です。


 少年院入院中のM氏。20歳男性。罪名は窃盗(自動車)、3度の入所歴あり。M氏は乳児期に実父母が離婚し、乳児院、児童養護施設などを転々とする。その後祖父母に預けられ、2歳時に階段から転倒し1ヶ月半意識不明となる。その後、重度肢体不自由児施設の入所を経て実母に引き取られるも、学校を飛び出す、無断外出、無銭飲食、火遊び等の問題行動が続き、知的障害児施設入所となる。その後も無断外出等を繰り返し、警察に補導されることも多くなった。
 保護観察所から依頼書を受理。支援介入。書面を読む限りどんな少年かと不安に思いながら面談に臨んだ。しかし、会ってみると拍子抜け。終始にこやかで、見るからに純朴そうな、素直な少年という印象を受けた。事件を起こしたことについても、「悪いことだと思っても、一度体が動いたらブレーキを踏むことができない。」と自身も悩んでいた。今回の少年院入院直前に、高次脳機能障害と判明。それまでは家族も支援者側もM氏の障害特性が理解できず、「なぜこのような行動を繰り返すのか?」と悩んでいた。そのような中で、事件に至ったことが分かった。
 M氏の支援について、14機関での合同支援会議を開催。以前からの生活状況や現況の情報を共有、そこから導かれる福祉サービスの手立てや受入れ先等について話し合った。
 まず課題となったのは、M氏の突発的行動をどうしたら抑制出来るのか?窓からの無断外出、集団行動中に無銭飲食等の問題行動があり、各機関からは「24時間の見守りが必要」「福祉施設では限界がある」「精神科に通院、若しくは入院した方がいい」等様々な意見が飛び交った。
 行動の抑制を行う為、精神科受診が必須と考えられたが、少年院内では問題行動が無く受診できない。院内では24時間の監視及び施錠が行なわれており、問題行動は発生していない。病院受診や服薬は、入院前から服薬がある場合、問題となる症状が無い限り出来ないのである。
 しかし、出院に向けて受診は必須であるとの意見が強く、特別な計らいで受診となる。服薬等には至らなかったが、新たにAD/HDであることも判明。院内では受診に限界があり、行動のコントロールに関しては、出院後精神科に入院若しくは、通院する方向となった。また、福祉施設へ受入れ調整を行うため、障害程度区分変更を実施。区分2から4となる。
 受入れ先調整については、予想通り難航。県内、九州、全国と調整区域を広げ、病院、福祉施設の両方向で調整を行った。その間繰り返し合同支援会議を開催し、各関係機関との情報共有を行うも、8ヵ月が経過し未だ受入れ先は確保できなかった。この時既に70数ヵ所の病院、福祉施設に相談を行っていた。

 高次脳の拠点病院では、2歳時の転倒によるものならば、自我の確立が出来ていない時期であり、リハビリを行っても回復の見込みが分からない。また一般の病棟であり、トラブル時の対応が困難とのこと。福祉施設においては24時間の見守りや施設などは対応が難しい、施設の待機者が多く、出院後すぐの受入れが不可能等の理由であった。
 M氏は20歳に達しており、仮出院ではなく満期釈放となる。あと2ヵ月で生活の場が確保されずとも釈放される。つまり、ホームレス状態になる。センター内では調整困難で支援を打ち切るか・・・。M氏にとり生活しやすいのは矯正施設なのではないか。軽微な犯罪を起こすのを待ち、矯正施設への再入所も検討せざるを得ないのでは・・・。とんでもない考えも浮かんだ。しかし担当者は、「そこに困っている人がいるのだから、必ず協力してくれる人(施設)もいる。」と職員の意見を打ち消した。
 そして、藁にもすがる思いで札幌光の森学園に電話相談を行った。センターが依頼をうけてから約12ヵ月後のことだった。
 光の森学園施設長にM氏の情報を伝え、受入れを相談。同法人のケアホームであれば施錠もでき、対応できるかもしれないとのことだった。数日後には北海道から大分の地に遥々面談に来て頂いた。
 M氏との面談後、「ご本人の障害特性を周囲が理解できないために、環境が罪を犯させてしまった。」との言葉を頂く。その後ケアホームへの受入れが決定となった。万感の思いが溢れたのか、担当者からは声も出ず、小さなガッツポーズ!
 今回、様々な障害を重複しているM氏の支援を行う中で、受入れ先の確保が一番難航した。現在の福祉施設においては問題のある対象者を抱えることはリスクが高く、地域からの批判を考えると受入れたくても受入れがしにくい現状にある。しかも、福祉行政の流れは在宅生活を推進している現状がある。彼のように施設の見守りが必要不可欠な対象者が確実に存在する。どの福祉施設も24時間の監視は困難。施錠の対応も難しい。精神科は閉鎖病棟があるが、長期での入院は困難であると断られてきた。もし光の森学園と出会わなかったら、彼は行く先も無いまま社会に戻ることとなる。その時行動抑制が出来ず、無銭飲食や車の窃盗を行う可能性は低くはない。次は人の命に関る事件に繋がるかもしれない。M氏自身を守る為、被害者を出さない為にも必要な環境があるのではないだろうか。同様な状況下で悩んでいる人達は、まだまだ多く存在するのではないだろうか。
 触法障害者の受入れ先を確保することが困難であることは日々の業務において実感しているが、触法障害者を支えてくれる福祉施設等が広がっていかなければ、数限られた施設に集中していかざるを得ない。そこもいずれ満床となり、触法障害者の生活の場が無くなることは予想に難くない。だからこそ、福祉施設等が彼らを受入れやすい状況を作り出す必要性を痛感している。
 M氏を受入れてくれた札幌光の森学園から学園だよりが届いた。そこには次のように記されていた。
 「・・・近郊では適切な福祉サービスと繋がることができなかったため、札幌にまで救いの手を求めざるを得ない現状にショックを受けましたが、我々の使命として『より障害の重い方、より困っている方を優先して受け入れる。』という姿勢がMさんの将来を、そして人生を変えることができたのだと自信を持っています・・・。」

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